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1993年JRA賞年度代表馬は、福島県生まれだった
1993年菊花賞、1994年天皇賞(春)、宝塚記念の3つのGⅠを制し、1993年にはJRA賞年度代表馬を受賞したビワハヤヒデ号が、昨日老衰のため死去しました。
30歳でした。
(いずれもJRA公式チャンネルの動画)
1992年生まれの私からすれば年上で、当然リアルタイムでは見ておりませんが・・・。
伝説の名馬の1頭であることは、もちろん知っております。
顔の長さがネタにされたことや、旧3・4歳時の2着の多さなどから、「個性派」の印象がかなり強かったのですが・・・。
16戦10勝2着5回。故障したラストラン(5着)を除けば全て2着以内。
人気も常に2番人気以内・・・というか2番人気も3回のみで、あとは全部1番人気。
安定感で言えば弟のナリタブライアンを超えていたのではないでしょうか。
そして、個人的に最も印象が強い話と言えば、競走馬としては珍しい「福島県産」であることでした。
戦後、日本の馬産地の中心は北海道となり、約9割が北海道産(らしい)。
北海道以外だと鹿児島県や熊本県などの「九州産馬」というワードはよく聞きますが、それ以外になると滅多に聞きません。
なので、平成で福島県生まれの競走馬自体かなり珍しいですし、しかも歴史的名馬となると本当に貴重な存在。
そして、ビワハヤヒデが福島県で生まれることになった理由も、かなり珍しいエピソードでした。
小学時代、父がアツく語っていたのをよく覚えています(笑)
そのエピソードとは・・・。
受胎中の母パシフィカスを輸入した際、当初は北海道まで輸送してから出産する予定が、
日本入り(成田空港)が遅れてしまったため、北海道まで間に合わず、途中の福島県の牧場で出産した。
・・・簡単に話すと、こんな感じ。
ビワハヤヒデやナリタブライアンの生産牧場である早田牧場(残念ながら2002年に倒産)は、福島県が本場で、馬産の中心の北海道新冠町が支場だったんですね・・・。
しかし、小学時代の私の勘違いか、それとも父がだいぶ端折って喋ったか。
「北海道まで間に合わず、福島県で生まれた」と聞いて、当時は「馬運車の中で生まれたんだ・・・」と思っておりました(笑)
さすがにそれはないわな。
でも、珍しいエピソードには間違いありませんね。
これも名馬のドラマだと思います。
現役時代を見ていない人間でも、ここまで語れる名馬。
本当に偉大なる馬でした。
ビワハヤヒデ号のご冥福を、心よりお祈り申し上げます。
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