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高岡ふるさと応援隊会員No.0001のブログ

「高岡ふるさと応援隊」会員No.0001による、高岡の情報発信等を目指したブログです。

ブログ開設にあたって

皆様初めまして。



これから当ブログの管理をさせていただく、marve(HN)です。

簡単に自己紹介させていただきますと、高岡市生まれ高岡市育ち、現在は東京都内の私立大学に通う20歳男(3年生)です。

住んでいるのは、高岡市出身の大学生が集まる高岡市荻布学生寮。

そして、今年設立された「高岡ふるさと応援隊」の会員No.0001でもあります。



このブログのテーマを簡潔に述べますと、「高岡の将来を考え、高岡を盛り上げて行こう!!」

地方都市の疲弊は今や大きな問題となっており、諦めムードになっている市民の方も少なくはありません。

しかし、高岡は開町400年の盛り上がり、歴史都市への認定、そして北陸新幹線の開業など、様々な大きな出来事が続いている最中であります。

そんな高岡を盛り上げて行きたい!!
一人の大学生という小さな人間による漠然とした想いではありますが、その想いをどうにか形にしたいと思ってブログの開設に至りました。

今のところは
「高岡市外の人たちに向けた高岡のPR」
「高岡市民に向けた高岡再発見」
に繋がる情報等を更新していけたらなと思っております。



・・・本当なら学生団体みたいなものを立ち上げたいんですがね(笑)

人が集まらないので、今はまだ一人でブログ頑張りたいと思います。

もちろん、「高岡を盛り上げたい!」という想いを持った学生の方がいらっしゃれば、是非一緒に活動しましょう!
大学生・短大生・専門学校生だけでなく、小中高生も大歓迎です!!



それでは、これから頑張っていきたいと思います!!
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奇跡・・・(前身ブログより)

自動車学校の書類を提出する・・・それだけのためにわざわざ学校へ行ったわけですが、そういえば途中までしか読んでいない本があるなと思い、久々に図書室を訪れました。

その本というのは高岡の歴史について簡単に記してあるもので、非常に読みやすくて昨年12月から読み続けていました。
最近図書室を訪れる機会がなかったため途中で止まってしまったんですが・・・。

しかし今回で全て読み終えました。結構残っているかなと思っていたのですが、30分程度の時間で読み終えることができるとは・・・。





まあ読み終えたと言ってもいかんせん読み始めたのは約2ヶ月前なので、最初の方はほとんど記憶にないのですが、あれを読むのと読まないのでは高岡に対する見方もやはり違ってきたりするんですよ。
今ではちょっぴり高岡について詳しくなった気分です。馬鹿みたいですが。



で、その歴史本の感想なのですが・・・
地方衰退の波に巻き込まれているとはいえ、歴史的にはまだ恵まれていた方なんだなとつくづく思いました。
まず沼地だったような場所に城や町をつくり、思いを託したというお殿様がいた時点で奇跡なんですが、その後の400年間にも、数々の奇跡が起こったみたいです。







高岡の奇跡 ~江戸時代編~

築城から数年後に前田利長公が亡くなり、更に一国一城令によって廃城となってしまったことは知っている人も少なくはないと思います。もちろんこれは不運中の不運で、当然ながら高岡は衰退の道へと突き進むことになったのですが、まさかそんな町を保護しようと奮闘するお殿様(利常公)が現れるとは・・・。
一国一城令によって沈没した町も少なくない中、利常公の手厚い保護により「町人の町」として蘇るなんて・・・珍しいかどうかは知りませんけどそれ程多くもないでしょう。
税を免除してもらえるとか今では考えられません。



高岡の奇跡 ~明治時代編~

ここでも書いたことがあると思いますが、1889年に「市制」が施行されて、同年4月に日本初の市が31誕生したのですが、高岡もそのうちのひとつなんですよ。
しかし、当時の高岡の人口は2万人程度で、31市の中では一番少なかったみたいです。ってか今でもその31市の中では二番目に少ないのですから・・・。
ちなみに現在一番少ないのは米沢市で、二番目が高岡で三番目が弘前なんですが、米沢にしろ弘前にしろ立派な歴史都市ですよ。
人口も少なければ特に歴史があるわけでもない・・・にも拘わらず日本初の市に選ばれてしまったということは、当時の経済力がどれだけすごかったか、ということですよ。
廃藩置県後、高岡は様々な県を渡っていった後に富山県となったわけですが、町人のまちとして栄えていたもんだからよく分からないけどなんか一気に高岡に集まっちゃったみたいです。
当時は高岡銅器も世界で評価を受けていたらしいですしね・・・。



高岡の奇跡 ~戦後編~

第二次世界大戦で多くの都市が焼け野原となって復旧・復興に時間がかかった中、空襲を受けなかった高岡は無傷の鋳物工場によって嘘のような早さで活力を取り戻していった・・・。
やはり終戦直後は鋳物の需要がとんでもなかったようです。



高岡の奇跡 ~高度経済成長期編~

アルミ需要でどか~ん!!!
現代的な繁華街が出来上がったのも、何故か北陸では一番か二番くらいの早さだったらしい・・・。今は廃れているけど地下街もできましたし(もちろん当時は中心市街地も地下街も盛況!)。







まあ、実際にはここで書いたほど極端ではなかったと思いますし、こんなパターンは日本全国探せばいくらでもあると思いますが、とにかく高岡は古くから北陸の中でも影響力のあった方の都市だと思うんです。今はどうだか分かりませんが。

結局何が言いたいのかというと、その本にも書いてありましたが、もう少し自分の街に誇りを持てということです。
自分の街に誇りを持つことが、スタートである・・・。



あゝ、夜の自動車学校まで寝ようと思っていたのに、寝る時間がなくなっちまった・・・。

それではまた・・・。

(前身ブログより 2010年2月8日更新)


「高岡市でやって欲しいこと」アイデア募集(前身ブログより)

最近ある後輩とメッセージのやりとりをさせて頂いているのですが、その方は高校生による街づくり協議会みたいなものに参加されているようで(当事者でも何でもないので詳細はよく分かりませんが)、ブログでも時々高岡のPR活動をされています。
さらに、大変興味深い募集活動もされており、同じような活動を非公式で行っている者としては協力しなきゃあかんな・・・と思ったわけです。
こうして、頼まれもせずに勝手に引き受けまして、このブログでもその募集活動を行いたいと思います。







「高岡でやって欲しいこと」アイデア募集!!

(詳細)
・高校生主体の活動
・資金は未定のため、上限なしで「とりあえず、案」の段階

(例)
・○○大会
・○○祭り
・○○展覧会



閲覧者がいるかどうか分からないブログで効果があるかどうかは分かりませんが・・・。
何かいいアイデアのある方は、コメント等でご連絡下さい。頂いたアイデアは、その後輩に伝えたいと思います。







それにしても、高校生による街づくり協議会ですか・・・。参加してみたかったですね。でもたいていは生徒会等のお偉い方しか参加できないシステムになっているのでしょうか。
となると、あと1~2年早かったとしても私にはやっぱり無縁ということになりますかね。

だからと言って生徒会に入れば良かったとかそういう問題ではなく、生徒会という組織には嫌気をさしていますから、たとえ誘われても入らなかったと思います。

まあそんなことはどうでもいいですか。
とりあえずもう1~2年早ければ・・・生徒会のぺーにもチャンスがあったのではないかと思ったりしています。

それにしても、公式の会議ですから、我々のやっているような非公式のぐだぐだ会議とはやはり違うんでしょうね・・・。期待しています。
って我々だって負けてはいられません。
何かイベントを企画することとかはできませんが、とにかく何かやりたいと思います(説得力なし)。



それではまた。

(前身ブログより 2010年2月6日更新)


大和高岡店 縮小へ・・・(前身ブログより)

朝の新聞に少し残念なことが書かれていました。
御旅屋セリオにある大和高岡店が、近く6~8階部分の店舗を撤退し、縮小することを発表しました。

大和と言えば、昨秋に新潟、長岡、上越、小松の4店を閉鎖することが発表されたばかり。高岡は金沢や富山と共に存続が決まりましたが、依然として経営難が続いているようです。



また、全く関係のない話になりますが、富山市にある富山ファミリーパークの遊園地廃止といった案も出ているようです。



我々が立ち上がってみたものの(とは言っても何一つ行動していない)、地方衰退の波はそう簡単に止められるものではありません。それは十分分かっているのに、なんだか嘆きたい気分ですよ・・・。はぁ・・・。

「市民の気持ちひとつで変わる」・・・このようなことをいつも述べていますが、現実はそれだけで変わるとも正直思えなくなっています。もちろん、やる気があるのとないのでは大きな違いですが、前向きな気持ちで取り組む・・・これはゴールではなく、あくまでも「スタート」なんですよね。
黄金の十年を迎えている中、高岡市民はそのスタートラインにすら立てていないむかっしかもこれは高岡だけじゃない。

まあ、今まで地元愛のない人間は嫌ほど見てきました。あまりにも見当違いで笑いたくなるような意見も耳にしてきました。その度に怒鳴りつけてやろうかと思いましたが、残念ながらそのような人間の気持ちを変えることは、非常に難しい。だから我慢してきました。
でも、今ここで言いたい。
そんな奴にはいてもらわなくて結構。
とっととこんな街出て行って、好きなところに行けばいい。
そして一生戻ってくるな。
私もあまりこういうことは言いたくはないんですがね、自分の想いを他人に強制したくもないから・・・。
(とは言いつつもぺーにはかなり強制している 笑)



そんな私も、4月からは大都市近郊に住まなければなりません。いくらこんな偉そうなことを主張していても、やっぱり生まれてからずっと高岡にしか住んでいない人間には分からないことだって多すぎるだろうし、いつ気が変わってしまうかは分からない。
だけど、絶対に気を変えるつもりはないし、変えたくもない。そして私には高岡のために色々と尽くした祖父と父の血が流れていますから・・・。特に父なんて人生の3分の1くらいは東京など県外で過ごしてきたのに、最終的に高岡を選んだ人間。この血は何があっても揺るがないですよ(笑)



色々書きたいことを書かせて頂きましたが、やっぱり現実は甘くないので、並大抵の努力じゃ解決はしませんよね・・・。
先程切り捨てるような発言をしましたが、少しでも「高岡を変えたい」「高岡を良くしたい」と思われる方はもちろん大歓迎です。我々と一緒にきりっとした表情で盛り上げていきましょう。



それではまた・・・。

(前身ブログより 2010年2月6日更新)


ナニコレ珍百景5時間半スペシャルで高岡が2度登場(前身ブログより)

今年最後の更新はこんな話題です(笑)
昨日放送されたテレビ朝日の「ナニコレ珍百景 5時間半スペシャル」で、高岡が2度登場しました。
(しかし5時間半は長すぎる)







1度目の登場は、「珍百景都道府県バトル」。
富山VS愛媛の争いがあったのですが、「ミスマッチ珍百景対決」として、富山県からは「田圃の中にお墓?」・・・なんと光釜遺跡が紹介されました。
しかもあれ、ぺーの家から割と近いところにあるんですよね。

結局愛媛の「田圃に扉?」が接戦の末選ばれ、登録なりませんでした。

ちなみに、都道府県バトル富山VS愛媛の冒頭に、ハイキングウォーキングが登場していた場所は高岡の「八丁道」です。





2度目の登場は、2009年に登録された珍百景の中から部門別大賞を選ぼうというコーナー。
「動物珍百景」部門になんと「池に落ちた犬」がノミネートされ、更に大賞に選ばれてしまいました・・・。

そもそも、「池に落ちた犬」が紹介された時の放送日は、たった3つしか登録されなかったんですよ。そんな厳しい審査の中登録された時点で奇跡だと思っていたのですが、それがその日のMV珍にまで選ばれてしまったことは驚きを隠せない程でした。
今回ノミネートされた時、「もしかして・・・」とは思ったのですが・・・いやぁ、本当に奇跡の珍百景だと思います(笑)







富山県の登録数はそもそも人口が多くないことと、ANN局がないことが影響し、5つと非常に少ないです。
ところが、その5つのうち3つは高岡なんですよ。

更に、その3つのうち2つはその日の「MV珍」に選ばれている・・・。



富山県の珍百景
・小学校のカニ給食(高岡市)
・猿専用の橋(黒部市)
・お菓子のような名前の3姉妹(上市町)
・高岡珍百景マップを作成した小学生(高岡市)MV珍
・池に落ちた犬(高岡市)MV珍

(また、国道156号線の岐阜・富山県境も珍百景に登録されたはずだが、数に含まれていない・・・)



そして今回紹介され惜しくも登録ならずの「光釜遺跡」も高岡です。このように高岡に偏っているのは、北陸朝日放送の受信率の違いが原因でしょうね・・・。

でも、MV珍率が高いことを考えると、数は少なくても質は高いのかなと思ったりしています。

こういうのは一応PRにもなりますので、今後も高岡から質の高い「珍百景」を見つけ出して欲しいですし、偏っている現状もダメだと思うので、特に富山市の方には頑張って頂きたいです。

まあ、富山市には「探偵ナイトスクープ」の有名人はいますがね・・・。







それでは皆様、良いお年を・・・。

(前身ブログより 2009年12月31日更新)


就職に関するアンケートから知った高岡の課題(前身ブログより)

----- いよいよ明日・・・前日PR -----

ペーの野郎がなんだか意味不明なPRをしてくれましたが、まず気になるのはどうして勝野洋さんだけ太字で浅野ゆう子さんは太字でないのか。カメラの前で「浅野温子」と言ってみたりブログで太字にしなかったり、どれだけ失礼なのでしょう(笑)

しかも、奴は12日にも行進があると昨日まで勘違いしていたようです。前田利長公入城大行進が行われるのは13日のみです!お間違えのないように。

「高岡開町まつり」そのものは12日・13日の2日間行われます。いよいよ明日です!是非高岡にお越し下さい!







----- 就職に関するアンケート -----

今日、学校で「就職に関するアンケート」という興味深いアンケートがありまして・・・。「就職に関するアンケート」というよりも地元への愛着を確かめるようなアンケートでした。

私は大学4年間は視野を広げるために高岡を離れるつもりですが、その後高岡に戻り、「Think nationally, Act locally」を目標に地元発展に力を尽くしたいと思っています。まあ、具体的な職業とかは決まっていませんが・・・。
ところが、地元に劣等感を抱いているのかなんなのか知りませんが、故郷を捨てて遠い地、特に大都市で一生を過ごす寂しい人も多いわけです。

アンケートの最後の方に「繁華街は好きですか」「歴史・文化が誇れる街だと思う」など、「はい」「いいえ」「何とも言えない」方式の地元に関する質問がいくつかありまして、近くで「全部『いいえ』にした」という堂々とした発言を聞きました。
これは日本全体を見てもよくある光景ですが、富山県、特に高岡の人間性なのでしょう。「自分の街は日本で一番しょうもない街」・・・こんな先入観を持っている人が多いようです。全く、寂しい世界観だ。

こんな先入観、世界観を払拭するのはそう簡単にはできませんし、個人の自由ですが、もう少し地元に愛着を持てる風土作りが必要だと思います。というかこれは日本全体の課題です!

そして、今後高岡をはじめ県西部6市は、Uターンがしやすいように、企業誘致を行っていかなければならないでしょう。北陸新幹線、北陸自動車道・東海北陸自動車道・能越自動車道、高岡環状南線・・・立派な高速交通体系を持っているではありませんか。これをしっかりと活かした企業誘致は可能なはずです。



それでは、明後日頑張ります。ってか雨予報だな・・・。
(2009年9月11日 前身ブログより)

金沢と高岡(前身ブログより)

さて、昨日ペーが念願のブログデビューを果たしたわけですが・・・。更新した場所は俺んちだったわけですよ。それで、「今度は自分ちから更新できるようにしろ」と言い、「じゃあ夕方くらいに更新する」と奴は答えたのですが・・・。



その「夕方」から間もなく1日・・・。




まあ、こんな感じではありますが、奴は人生初のブログなので慣れるまでに時間がかかるでしょう。







それで、今回の更新は・・・。

本日ちょっくら金沢まで放浪しました。金沢は高岡から電車で40分・・・人口は倍以上あり都市レベルも全然違います。知名度も同様差が大きいです。しかし、前田家の街、規模は違うかもしれないが街にあふれる歴史・文化遺産など・・・こういった点では似た部分もあるのです。
そして今後、高岡は金沢といろんな面で協力していかなければならないと思いますし、実際そういった動きが見られています。

そのひとつが、今年2月に実現した、金沢の前田家墓所と高岡の前田利長墓所の県境を越えた国史跡の指定です。まあ金沢の墓所を調査していた時に専門家が「だったら高岡の墓所も一緒に考えてはどうだ」と提案したことがきっかけですが、金沢と高岡の連携の第一歩となったのではないでしょうか。
2014年には北陸新幹線長野金沢間が開業しますし、今後更なる連携が見られればいいですね。

金沢だけではありません。県都富山との連携ももちろん必要ですし、高崎、長野、上越など北陸新幹線の沿線都市との連携、呉西地区(氷見、高岡、射水、砺波、小矢部、南砺)の連携、さらには東海北陸道・能越道で結ばれる飛騨や能登との連携・・・とにかく1つの都市が勝手に発展を目指すのではなく、連携した発展を目指す・・・これがこれからの時代に求められることだと思います。

まあこんなことずっと前から思っていたので「今更」という気がして仕方がありませんが、まだまだ市民には浸透していないので、どう浸透させていくかが今後の課題ですね。



って俺なんかにどうにかできる問題ではない・・・。

(2009年8月27日 前身ブログより)